通信制高校でできること

定時制の普通高校と違って、通信制高校はできることがたくさんあります。通信制高校は毎日通うのではなく、基本的には自分の都合に合わせて勉強をすることができるため、時間に自由があるのが魅力のひとつです。そのほかにも、通信制高校では普通高校では勉強しないような内容のことも学ぶことができるため、社会人を経験してから通う人もいます。
まず不登校なんて言葉がある自体おかしいと思います。学校に行かなければならないのなら学校に行かせる状況を、作らなければいけないと思います。また原因があるのなら直ちに大人が解決するべきだと思います。いじめなどは、放っておいてはいけないと思いました。不登校という言葉がこの世から消えて欲しいなと思いました。
 海上自衛隊の輸送艦「くにさき」(8900トン)が20日、被災地への救援物資を積んで海自横須賀基地を出港した。同日に被災地から戻ったばかりで、休む間もなく再び被災地へ向かった。農林水産省の呼び掛けで飲料メーカーから提供されたペットボトルの飲料水、赤ちゃん用のお茶、缶詰などトラック35台分を積み、被災地には21日に到着する予定。

 また、水産庁の漁業取締船「なのつ」(499トン)も20日、医薬品や衛生用品、レトルト食品、ポリタンクを積み、横浜金沢木材ふ頭(横浜市金沢区幸浦)を出港した。今後、被災地の自治体と調整し、岩手県か宮城県のいずれかの港に入る。

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 横須賀市議会第1回定例会最終日の本会議が2日間繰り上げられ、22日に開催される。同市議会事務局によると、東日本大震災が市民生活に多大な影響を与えていることを考慮し、市が対応に専念できるようにするためという。

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 「サッポロ一番」などのインスタント麺で知られる「サンヨー食品」(本社工場=前橋市朝倉町)は3月16日、農林水産省からの要請で11日から用意していたカップ麺12万食の納入先の連絡を受け、出荷した。(高崎前橋経済新聞)

 同社は東北太平洋沖地震発生後、早い段階で農林水産省からの要請を受けた。「すぐに本社工場で12万食をそろえ、いつでも出荷できるように準備したが、どこへ運べばいいのか連絡が入らなかった」(同社広報担当者)という。

 16日、12万食はすべて埼玉県入間市の自衛隊駐屯地に運ばれた。全国から多くの支援物資が届けられる中、依然として避難所では全ての物資が不足している。被災から7日目の朝を迎えた被災者の元へ1分でも早く物資が届けられるよう願ってやまない。

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 静岡県沼津市の水族館「伊豆・三津シーパラダイス」は、東日本大震災で被災した「ふくしま海洋科学館」(福島県いわき市)で飼育されていたトド2頭を緊急保護で受け入れた。避難してきたのは「イチロー」(15歳、オス)と「ハマ」(1歳、メス)で、18日にトラックで同水族館に運ばれた。健康状態に異常はないが、一般公開する予定はないという。

 同科学館は、福島第1原発の事故による「避難指示」や「屋内待避」の圏外だが、停電でポンプ系統が使えなくなったほか、餌の搬入が途絶え飼育が難しくなった。

 当初は、鴨川シーワールド(千葉県)で保護される予定だったが、セイウチやアザラシの受け入れで手いっぱいとなったため、2頭のトドを飼育している同水族館が引き受けた。

 同水族館の広報担当者は「こうした形で保護するのは初めて。被災地域のためにできる限り協力したい」と話していた。

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 避難者たちは今、ひとつの同じ箱舟に乗り組んでいる。助け合い、分かち合わなければ、この事態は乗り切れないと、誰もが感じ始めている。混沌(こんとん)としていた避難所にも、少しずつ秩序が芽生えてきた。築き上げてきた共同体は、確かに消え去った。ならば、最初からつくり直そう。決して容易な道ではないけれど。わたしたち一人一人が、試されている。

 午前6時半、避難所にラジオ体操のリズムが流れる。「これから体操を始めます。終わったら、みんなで掃除をしましょう」
 約500人の集団生活が始まった宮城県南三陸町の歌津中。大半が伊里前地区で暮らしていた隣近所の顔なじみだ。

 体育館の中を震災前の伊里前地区に見立て、20区画に分けた。区画整理で「大通り」もできた。これで夜間にトイレへ行くときの気兼ねも解消された。
 「確かに私たちは被災者なんだけど、行政におんぶに抱っこでは、お客さまになってしまう。受け身の生活をしていては前に進めない」
 リーダーの及川久弘行政区長(63)は「避難者の誇り」を重視する。
 食事や救援物資の運び込みも、班を編成して分担を決めた。

 少しずつ築かれていく「自治」。避難所の「お世話係」だった町職員は最近、体育館から別室に引っ越した。
 南三陸町の志津川高では、避難者の代表を務める佐々木光之さん(49)が、みんなを集めた。寝起きしている高校から「避難者のトイレの使い方が汚い。何とかしてくれ」と、苦情が舞い込んでいた。

 反発されるのを覚悟で佐々木さんは「悪気はないけれど、エゴがむき出しになることもある。人を傷つけてしまうこともある。私自身もそう。でも、守るべきルールはあるはずだ」と訴えた。
 翌日、トイレはすっかりきれいになっていた。

 提供を受けていた食事も、避難者で炊き出しを始めた。食事を配給している人も同じ被災者だったことに思いが至ったとき、「甘えは自重すべきだ」と、みんなが気付いた。

 1500人が身を寄せる巨大避難所の南三陸町総合体育館も、嵐のような1週間を乗り切った。
 知らない者同士のいざこざもあったが、ようやく避難者の班編成を終え、情報収集、救護など4部門の「避難所お世話隊」を結成した。
 大所帯を束ねるリーダーの会社員佐藤宏さん(38)は「町職員に頼らない自己完結の避難所」を目指す。「被災者なんだけど、やってもらって当たり前という考え方ではいけない。それでは復興への一歩は踏み出せない」と考えている。
 再生への歩み、避難所でもう始まっていた。